南 ヤスヒロさんの個展にて

南 安広さんの
個展を観に高知に行きました。
http://support-peer.com/pia/html/minami_koten.html

(右が南さん、一番左は奥さん。真ん中がわたし。)

南さんと私の出会いは、
大学のときのサークル活動で
障がい者問題を考える会 VIEW」
っていうのに、入ってたときに
よくお世話になったおじさんです。
南さんは、すでに筋ジストロフィーになっていて、
私と出会ったときは、電動車椅子生活でしたが、
貧乏な私に、おごってくれたり、
なんだかんだと、本当に親身になって世話を焼いてくれました。
(それほど、大学生のころのわたしって、ひとり立ちできない困った子ちゃんだったとおもう)
ちょうど、私が1回生のときぐらいに、南さんも絵筆をもち、
本格的に水彩画を描き始めていった時期だったとおもいます。
・・・
わたしも、その当時、大学では特美だったので、
(特設教科美術工芸という学科の略)
南さんは、いろいろ構図の取り方とか、水彩画のことかをわたしに熱心に聞いてこられてた。
しかし、あれから、ウン十年
わたしなんか、ぜんぜん聞くに及ばないよ〜〜〜〜〜〜。
本当、すごい!
ほとんど、手も持ち上がらなくなったその手に、絵筆を握らせて
1日、2・3時間づつ書いて
この個展にこぎつけた。
2年前は、肺炎をこじらせて「もうだめかとおもったぞ。」
って南さん自身もいっている。
それを不屈の精神力で乗り越えて
何とか、まだ絵が描けると知ったときの喜び
格別だったそうです。
そして、世間からは光の当たらないドラム缶とか
崩れかけた家とかそういったものをモチーフに選んで書き続けているそうです。
今回の絵で思ったのは、
そのドラム缶に、花がついている!
他にも結構、明るめの色彩で書いているものが多くなったので
「絵が変わりましたね」
っていってみると
「いろいろな人にお世話になっている感謝心じゃ」
と。
「りえは、個展せんのか?」
っていうから、
「わたしは、子ども教えてる時点で完結してますから・・・」
っていうと、
「そうかの〜。多分、作品を発表するんが苦しいんやろが」
って、図星のこといわれちゃいました!
「はは、その通りですね。いやですね〜。作品発表は。
南さんは、作品描いていて苦しくなるときなんかかいですか?」
「あるよ〜。結構気に入らんやつはやぶいちゅ〜。
やけど、作品が出来上がったときに、なんともいえん、達成感があるな〜。このモチーフを描いてやったぞ!っていう、なんかしれん、達成感がな」
「そうか〜それがあるから、描いて来れたんですね」
・・・・・・
もう、個展も閉館時間になったので、
下まで南さんを送っていった。
「りえも作品描けやな〜。」
「どうやろか〜」
「りえは、自由な時間がいっぱいあって、まだまだ遊ぶやろ〜」
「そんなことなないんですけどね〜」
「僕には、もう時間がないんや。」
「何の意味ですか〜」
「生きていられる時間がな〜い」
って言い残して、車に乗り込みました。

そんな難病になんかなんなくたっても、(語弊があったらごめんなさい)
人の寿命なんていつ終わるかわかんないものだと思う。
なるべく、わたしは、
自分に強情なんかはらないで、
会いたい人には会い
やっておきたいことは、心置きなく行動して
人の悩みを聞いてあげたり
時には笑って楽しくすごし、
欲を言えば、私がいることで
みんながうれしくなってくれたら
いいな〜なんかって思う。

宮沢賢治じゃないけど
そういう人に、わたしはなりたい・・・・。
・・・ということを、今回の個展で考えさせられました。

南さん、また、会いましょう!